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今は頭はおかしくありません、たぶん(笑)

2013年12月13日 22:05

最近はホント仕事が忙しくて、夜に何もできない。遅くまで起きてるとてきめん身体に不調が出ちゃうから、今日なんかも早めに寝ようとは思ってるんだけどね。今日は久しぶりに旦那さんが夜の一本で、送り迎えをしてくれたんで、5時で仕事帰れたものだから、すべてのことが早めに終わって、今、ちょっと時間できた。だから、まとめてその人のブログを見てる。(笑)

12月5日が過ぎた。あの日から11年経った。その日の日記を今も、そして何度も読み返して、わたしはいったいあの時どうすればよかったのか今でもわからなくなる。その引用をしたことがきっかけではあったけれど、その時その言葉を引用しなくても、いずれは何らかの形で壊れてしまった関係性だったのだろうし。ただ、その後のわたしの態度は…怒涛のように繰り出された文章は客観的に見て悪くない代物だった。当時の関係者にとっては唾棄すべき文章だろうけど。けれど、あの繰り出された文章さえ出さなければ、あんなにもこじれることはなかっただろうにね。そう、たとえばエッセイブログのわたしのキャラであったならば、関係者に「いろいろ困った人ではあったけど、今では懐かしい」と思ってもらえるそんな存在になれたはず。でも、わたしはノイズのキャラで文章をこれでもかと繰り出した。こんなわたしに太刀打ちなんかできなかった、あの人たちは。そりゃもうひどい文章ばかり書いてたもんなあ。誰も彼も呆れて開いた口がふさがらない状態だったみたいだし。(笑)

でもまあ、引用したこと自体は悪いことではなかった。

当時は引用したことが一番悪かったんだと思ったわけだけど、そうじゃない。引用した言葉がその人にとっての鬼門であっただけ。ただ、引用してもいいと言っていた手前、まさかその言葉を引用するとは思ってもみなかったんだよね、きっと。で、このままでは、その人はわたしに傷つけられ続けるだろうから、離れなくてはならないと、そう思っただけだったんだ。わたしは引用してしまう人間だったから。だから、わたしに引用されたくないのならわたしに読まれないために離れるしかないわけで。まあ、その人に対してはその時も今もそれほど固執したわけじゃない。わたしは自分が悪かったと本当に思ったから。その人を深く傷つけたんだとわかったから。だからわたしも何とかその人との別れを受け入れることができた。だけど、その後のわたしの行動がいかんかったよなあ。まあ、どんな行動を取ったかは長くなるんでここには書かないけど。そのバカげた行動のせいで、別れた人とは別の人達を新たに傷つけ、後に泥沼なバトルへと突入していくわけだ。てか、バトルというのもちょっと違うんだけども。

なんであんなことしちゃったのかなあ。
今でもわからない。
別れちゃった人とまったく関係ない人まで切り捨てた。
やっぱ狂ってたのかな。
いろいろなんやかんや書き続けて、ちょっとばかり頭がおかしくなってたんだろう。
今ではマジで不思議でしょうがない。
どうしてそんなことしちゃったのか。
その時の自分がまるで自分じゃないような気までしてくる。

「書く」ということは人をおかしくさせるのかもしれない。そりゃ、すべての物書きが頭のおかしい人というわけじゃなくて、本当に常識的な物書きさんだってたくさんいるんだけど、でも、ごく一部には書くことでだんだんおかくなって狂ってくる人もいるんじゃないかな。怒涛のように書き飛ばしてた過去のわたしは今わたしから見れば本当にそうなんじゃないかと思えてくるもの。まあ、それはそれで中には突き抜けたものを書く人だって出てくるだろうから、あながちそれが悪いというわけじゃないと思うんだけどね。ただ、わたしはそうならなかった。自分も他人も混乱させてそれで最悪な終わり方をした。それだけ。

それにしても、話は変わるけど、「体温上げようよ」ってタイトルが好きって…あんなテキトーにつけたタイトルにそういった感想がつくとは…(笑)でもまあ嫌いと言われるよりはそりゃあ好きって言われたほうがナンボもいいけどさ。w

ところで、さらに話は変わって。(笑)久々にここの足跡見たらエロマンガ家さんのブログから足跡ついてた。キレイな絵を描かれる人だなあ。どうしてこんな場末なブログに足跡つけてくれたのか興味があるけれど、まあ、ただの通りすがりでしょうね。

痛みは嫌だ

2013年06月08日 22:16

腹が痛い。玉姫様ご来訪で。(笑)こんなの重篤な病気の痛みよりは全然たいしたことないんだろうけど、それでも痛みは痛み、わたしにとってはこの痛みもほんと体験したくない痛みではある。でもまあ、腹かっさばいた手術の時の痛みに比べたら、確かにたいした痛みじゃない。とはいえ、鎮痛剤飲んだっつーのにききゃーしないのな。くそー。これどうにか静まってくれないと眠れないだろうなあ。はあ。

前にもどっかで書いたけど、病気を見つけるための検査。いろいろまああるし、声高に受けろと聞くけれど、わたしとしては、胃カメラをどうにかしてくれれば、検査のほとんどはどうにかなりそうだよなーって。まあ、胃カメラよりもっとつらい検査っつーのはあるんだけどさ。できれば、すべての病気が血液検査だけでわかるようになればいいなーと自分勝手なこと言っちゃう。いずれはそういった簡単な検査で何とかなるようになるんだろうけど、わたしが生きてるうちは無理だろう。

まあ、あと一ヶ月もすればわたしも50になる。昔でいえばとっくに寿命はつきている。今までだって死んでしまってたかもしれないシチュエーションはあったから、かなり前から自分の命はいつまでだろうって、ふとした拍子に思い出してしまうことも多々あるわけで。死にたくはない。まだやりたいことはある。それやってないのにまだ死にたくないという思いは強く、わりとわたしは生に対する執着心は強いという自覚はあるのだけど、永遠に生きれるわけじゃない。いつか必ず自分は死ぬ。そうだとしたら、痛い思いをして死にたくはない。楽に死にたいよなーと思ってしまうのはしかたないことだよね。

今まで、痛い思いばかりをずっとしてきた50年。痛い思いをしてなかった時はほとんどなかったように記憶している。まあ、それもわたしの記憶が痛いことしか覚えてないからっていうのもあって、健康で元気だった時期だってまったくなかったわけじゃないんだから、わたしはまだマシな人生だったんだろう。でも、それでも、その時その時の痛みは思い出したくもない。思い出したくもないんだけど、忘れられない。今でこそフラッシュバックはなくなったけれど、しばらくはトラウマになるほどだったもんなあ。はあ…痛みを感じることは生きてる証とは言うけれど、やっぱ痛みは感じたくない。それではダメなんだと頭ではわかってても、やっぱり痛みは嫌だ。成人するまで鎮痛剤なんて使ったことはなかったけれど、今はそれが手放せない。多少の痛みでもつい飲んでしまう。痛みだけは絶対にダメだ。ううう…まだ痛いなあ。もう今夜は薬は飲めない。何とか寝なくちゃ。

神聖視しないでほしい

2013年01月07日 22:48

男ってどうしてこんなに恋愛に対して神聖視したがるんだろう。もちろん、すべての男がそうだとは思わないけど、私が昔好きになった人も「女の子がそんなこと言ってはいけない」とか、さも女の子ってやつは清らかであるべきだという姿勢の持ち主だったし、若い頃の恋愛はピュアであるみたいなことを言う男って多いなあと感じるのだ。確かに、すべての女の子が若い頃からスケベであったり、下ネタが好きだったり、下品な話をするもんだとは言わないけれど、少なくとも自慰行為を経験したことのある女は10代の頃から好きな男相手に妄想でいろいろイタしていたと思うよ。まさか、私だけってことはないと思うしね。たぶん。(笑)と同時に、10代の男の子だって、好きな女の子をオカズにイタしていたと思うしねえ。それを汚らわしいとは私は当時は思わなかっただろうし、もし、いいなあと思ってる人がそんなことしてるとコッソリ知ったとしたら、心で「よっしゃー」と叫んでたと思う。ただ、私はそれを知ることはなかったし、10代の頃は誰かと付き合ったということもない。付き合っていたとしたらたぶんセックスのひとつやふたつはしてたんだろうけど、残念ながら私はそんな経験はしたことがない。21で初めてお付き合いした人と5年後に結婚するまで、私はたった一人の男としか経験したことはないから、男女間のセックスの悲喜こもごもなんか、私にはわかろうはずもない。男性遍歴が豊富であること、それはそれで私からすれば人生の財産だと私は思う。それがどんな経験だったとしても、その遍歴を他人が見下したり憐れむことは、とても傲慢なことだと私は思うよ。

自殺は逃げか?

2012年12月08日 21:42

昨夜の夢は悪夢とまではいかなくても、あまりいい夢じゃなかったなあ。何かの組織みたいなものに狙われて逃げている夢だったんだけど、かくまってくれそうな場所の女主人みたいな人が死にそうな目に遭ったりして、まあ、なんかのサスペンスドラマみたいな夢を見てた。もしかしたら、ここ数日読み返しているJETさんの描く金田一耕助シリーズのせいだったのかもしれない。何となく夢の雰囲気がそんな感じだったから。

その中で「女怪」という作品があるのだけど、これ、けっこう好きな作品。男の暴力のせいで人生を狂わされていく美人女の話で、やっと愛しい男とやり直せるという掴みかけた幸せを前にして、最後にどんでん返しな秘密を知ってしまい、自ら死んでいく。金田一はこの女に思いを寄せていたのだけど、彼女の最期を知った後、心配する等々力警部にこう手紙に書いている。

「御心配なさらないでください。僕は決して自殺などしないから。もうしばらく放浪してから帰ります。──ではいずれその節」


金田一はこの作品でも他の作品でもほとんど救いたいと思う人を救えない事が多い探偵だ。そのたびに彼は苦悩し、自分の不甲斐なさのせいで殺されていった人たちに対して、きっと申し訳ない気持ちでいっぱいだったろうと思う。それこそ死んでしまいたいと思うほどに。それでも彼は「自殺はしない」と心に決めていたのだと思う。

自殺は逃げだと書いている人がいた。その人の「馬鹿野郎」という言葉に、痛々しいほどの辛さを感じた。考えるなとは言わない。私だってその誘惑に駆られた過去を持つから。けれど、私は死ななかったし、その人も自ら死ぬことはないだろう。ただ、そう思っていたとしても、状況によっては不幸にもそうなってしまうことがないとは言えないことはその人だってわかってるだろうし、私も死なないと言ってはいても、あまりにも長く続く痛みに晒された場合、負けてしまうかもしれない。それでも、そう思っていたとしても、やっぱりその人も私も「自殺は逃げだ」と言い続けるだろう。誰に対しても。自分自身に対しても。

一万人に読まれる?

2012年10月11日 23:08

日記といっても歓楽さんの過去ログなんだけど…「全削除して逃亡しないことを切に祈っている。そのまま其処で書き続けてくれ」って書かれていて、その相手は「俺は長文を書くためにここにいます」って書いてたんだよね。で、結局は相手の人は全削除してアカウントまで削除してしまった。ほんとにああいった読み応えあるもの書く人は次々と削除してくよねえ。んで、私みたいな、ほとんど誰も読まないようなものばかりがウェブ上に漂ってるわけだ。だってさ、言われたもんね、誰だったか「読みたいとは思えません」とか、同じようなセリフを数名に投げられたことが。そりゃまーそういうこと言う人がいたとしても、その逆で、私の書く物を心待ちにしてる人とかもいないとは言えないんだけどねえ。ただ、私は、ほれ、わがままだからさ、「読みたくない」と言う人が、たった一人でもいることが、どうしても捨て置けない性格なんだわ。まあ、捨て置けないならば、もうこんなふうに誰でもが読める場所で書くべきじゃないんだろうけど、これがね、自意識過剰の人間でもあるからさ、どうしても公開された場所で、ぶちまけたくなるわけよ、自分の思ってること、考えてること、なんかをね。歓楽さんの過去ログを肴に自分語りしたとしても、それを楽しんでくれる人っているのかな。歓楽さんが読んでくれればいいなあと思うけれど…、ねえ…?

一万人に読まれる、か。それすごいよね。どんな気分になるんだろうなあ。まあ、世界がひっくり返ったってノイズんちはそんなことにゃならないでしょーけど。

心を忘れるな

2012年10月06日 14:45

この間もここでリンクした方の日記を読んで、本当にそうだよなあと思った。私も死ぬ時は静かに死にたい。まあ、実際、本当に「静か」なのかどうかわからないのだけど、ガンとかの病気で、その末に死ぬとなると、たとえ死ぬ瞬間にはもう痛みも何も感じてないとはいえ、そこまでにいたる激痛とかは帳消しにはならないよなあ。膵炎でものすごい痛みや、病院での辛い検査とかを体験した自分にとっては、なかなか病に対しての覚悟ってできない。あの辛さ、痛みは、どうにもこうにも忘れることはできないもん。しかも、私の体験した痛みよりもっと激痛はあるようだし、もっと辛い検査もあるみたいだしねえ。ガクブルだよ、ほんと。今はそれでもだいぶ薄れてきたようにも思うけど、退院してからしばらくはフラッシュバックしてかなり辛い思いをした。今でも時々、あの時のことを思い出すと、同じようなことになったらどうしようと、まだ罹ってもいない病に恐怖してしまって、いっそその前に自ら…なんて血迷った事を考えてしまうこともあるし。とはいえ、身辺整理をして死んでいきたいと思ってる私だから、突然死ぬっていうのも、思いっきりこの世に未練が残って幽霊になってしまいそうだしねえ。そうなると、病気で余命がわかってれば、いろいろ始末つけて死ねるんだけど、でもやっぱり病気で死ぬのはちょっとなあ…と、なんてワガママなんだと苦笑してしまう。

私も、いつも「私を追いつめないで」と思ったものだった。私も追い詰められたら何をするかわからないからという思いを持っていたから。まあ、私はギリギリのところで心の病には至ってなかったから、だから、すんでのところで誰も傷つけることはなかったんだろうけど、その分、自分の身体にはその影響は出てきたんだろうなあと思っている。自傷行為とはちょっと違う、精神の力で自分の身体を蝕ませるってやつ。つまり、ストレスが胃に穴を開けるのと似たような感じ、かな。たぶん、そのせいで、私は子供の頃からずっと体調のことで苦しんでたんだろう。一番怖いのは心。その心ひとつで病を呼ぶことも治すこともできるのだから、心は本当に扱いに気を付けなければならないんだよ。それを誰もが肝に銘じない限り、あんな悲惨な事件は起こり続けるんだ。

無駄なんかじゃないよ

2012年10月03日 22:50

ああ、やっぱり過去ログは消してしまいましたか。まあしょうがないか。たぶんそうなるだろうなあと思ってたから。

満足の話は私も似たようなとこあるからわかるなあ、と。私も満足するようないいことがあったとしても、いずれはくるはずの不幸な出来事のことに思いを馳せてしまって、結局は満足しきれなくなってしまう、とかね。ほんとソンな性格だよなあと思ったりしたもんだ。だけど、今は、いつか起きるであろう不幸なことはなるべく考えないようにして、今の楽しいことだけに神経を向けて楽しむことが、すこーしは何とかできるようになったかな。これも年の功ですね。(笑)

こうは考えられないかな。

ずっと底辺を歩くということは、ほんのちょっとのいいことで、かなり幸福感を得られるんじゃないかなあって。まあ、それだけ若ければ、なかなかそういうふうには思えないんだろうけど、若い頃は小鳥ちゃんと同じような精神面があった私も、今はそれなりにポジティブに考えられるようになったように、彼女ももっと年取れば少しは生き易くなるんじゃないかな。

それにしても、彼女の親族には幻滅しちゃうな。まあ、彼女の血縁なんだから他人の私が言うのも何だけど、それでも「お前は余分に生まれた子だ」なんて言葉、自分の孫に冗談でも言うなよ。そりゃ、何らかの悪影響を与えてしまうことは容易に考えられることだ。決して、そんなこと、冗談でも子供に言うもんじゃない。たとえ、それが本音だったとしても、墓場まで持っていく言葉だよ、それは。

どんなことも無駄なんてものはないよ。無駄に見えてもそれは無駄なんかじゃない。無駄じゃないかと危惧するその行為が、時には誰かの背中を押すことにもなる。それを彼女は気づくべきだ。とはいえ、そういうことは誰が何を言っても彼女に通じない。それこそ、彼女の母親が彼女に言ったように「通じない」どんなことを彼女に言ったとしても。すべては彼女自身が気づかなきゃならない。そして、私はこの年になってやっと気づいたんだ。せめて、彼女が私の年になるよりもっと前に気づいてくれればなあと願わずにはいられない。

無修正ねえ

2012年10月02日 09:52

無修正なんて若い子だけだよな、その気になってしまうってーのも。それでも枯れてるわけじゃないんだよなあ。昔よりはるかにその気になってハゲんでる自分が、相当の好きモノだって思い知った。いやまあ、わかってたことだけど。そんな私も来年は50歳。すげー。www

私にも人に言えない辛さがあるけどね

2012年10月02日 09:37

いや、それはどうかと思うよ。え、何のことかって。そういう不幸や苦労話を笑ってバカにするような人間がいるから、精神的に追いつめられてしまうわけだから、そういうバカにされた体験をした自分が、不幸や苦労話をしている誰かのことをさらに追いつめるようなこと書いてどうするよってこと。私は、誰かが自分の不幸な話を書いてるのを我がことのように心を痛めて読んでしまうんだけどね。これも偽善かもしれないけど、その人のそういった不幸話を聞くことで、その人の辛さを痛みを少しでもこっちに移してるんじゃないかって思うわけ。だからこそ、我がことのように心痛めるんじゃなかなーって。だから、どんなことでも書けばいいと私は思う。誰が「そんなの○○よりマシ。もっと不幸な人はいる」と言ったとしても、不幸の尺度なんて誰にも決められないよ。誰かの不幸が他の誰かの不幸とはならなくても、その人自身にとっては世界が終わるくらいの不幸には違いないんだから、他人のその不幸を「あんたのはマシ」とは断定しちゃいけいないんだ。すべての人が同じもので幸福にならないと同時に、すべての人が同じもので不幸になるわけじゃないから。だから、その人の不幸も認めてあげなくちゃねえ。私は、そういうことは忘れないでいたい。

あなたは悪くない

2012年10月01日 22:20

「あなたは疫病神なんかじゃないよ」とコメントつけたいと思ったのだけど、本当にそういった慰めの言葉を投げていいものだろうか。それこそ小鳥ちゃんにとって、偽善でしかない行為なのかもしれない。実際に彼女と直接リアルで会って力になれるというわけではない私が、言葉だけの慰めをしても、それが彼女にとっての救いになるかどうかなんてわかないから。そこらへん私も、いくら言葉で慰められたとしても、たとえば金銭面でどうにかならないだろうかと愚痴を言ったとしても、誰かが投げ銭をしてくれるわけでじゃない。現実には自分で何とかしなくちゃならないわけだからなあ。

今日の日記で、やっと彼女の家庭の事情が把握できた。つまりは彼女の両親は離婚していて、すでにそれぞれには新しい相手がいる。で、彼女は母親と一緒に暮らしている。貧窮しているのはそのせい。ただ、両親の離婚で起きた結果を子供に背負わせるのはいかがなものかと私は思う。それが物理的なことだろうが精神的なことだろうが、決して「この子が産まれてから不幸の連続」だなんて、冗談でも言っちゃいけないんじゃないかな。彼女が自虐的になってしまうのも、そこらへんに起因しているんだろう。

それにしても、刑務所に入るのもいいかも、なんていう発想が出てくるあたり、小鳥ちゃんと私って、同じようなことを考えちゃう二人だなあ。まったく別人の私たちなのに、何となく同じようなこと思ったり考えたりしているっていうのが、少なくとも私のほうは本当に親近感抱いてしまう。てか、私の娘といってもいい年齢だもんね。なんかもう親みたいな気持ちで見てしまう。大丈夫だよ、あなたは悪くない、本当につらいよね、って、抱き締めてあげたいくらいだ。



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