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愛する? 愛される?

2015年11月14日 15:58

例のお坊さんのドラマ見てて思うんだけど、愛する方がいいのか愛される方がいいのか、それはどっちなのかなあって。まあ、人それぞれっていうのが正解なんだろうけどさ。ストーリー上、この話ではたぶん愛するより愛される方が幸せだという話になるんだろうし、男は押して押しまくれっていうのがいいみたいな感じに進んでるんだけどね。わたしはわたしの性格上、愛されるより愛する方な人なんだけど、実際のわたしの人生は愛しても愛されることはなかったし、何とも思ってなかった人に愛されて幸せになったわけだ。まあ、愛してくれた人が旦那さんだったからよかったんだろうけど、とんでもなくろくでもない男に愛されてストーカー化されてしまったということだって無きにしも非ず。わたしは運がよかった。そう思うことで他のこまくらかしいなんかかんかのことは目つぶらないと、ほんとバチあたるよね。思うに、わたしなんて人間はとうてい幸せになんかなれない人間なんだろうから、ちょっと気に食わないことがあったとしても、しょうがないよね、と思うようにしないと。

特別な日

2015年10月16日 23:19

26年前の今この時に、わたしはベッドで眠れぬ夜を過ごしていた。あくる日のことを思えばちゃんと寝ないといけないし、かといってあくる日からの新生活を思うと当然眠れるわけもなく、しかも、こんな頭じゃなー眠れるわけないよなーとも思ってた。(頭にカーラーいっぱい巻いた状態で寝ること自体が今思うとヘンだよなーと思うんだけど)

確かに、毎年10月17日の前夜はやってくる。しかも去年は25周年という記念日でもあり、26年の今年よりも去年の方が特別な日とも言えるのだけど、わたしにとって「26年」は節目になるんだよね。そう。結婚したのが26歳の10月17日だったから。つまり、わたしが父と母の娘として過ごしたのが26年間であり、結婚した10月17日を迎える明日からは一日一日と結婚後の日々が長くなっていくということ。これを感慨深いと言わずになんと言おう。

正直言うと、26年も結婚生活が続くとは思っていなかった。わたしは本当に飽きっぽくてわがままで、きっと旦那さん一人を好きでいる自信がなかったから。それでもここまで続いたのは、たぶん、わたしがちゃんとした生活ができない人間だったからなんだろうなあと思う。加えて、旦那さんのおかげでもある、と。わたしが一人で生きていける人間だったら、ちょっと気に食わないことがあればとっと別れてただろうし、旦那さんが昔のままの旦那さんであったなら、三行半をされてただろうし。

わたしたちは運がよかった。少なくともわたしは運命の相手に出会えたんだなあって。わたしはそう思っている。ハーレクインのような物語はわたしたちにはなかったけれど、わたしと旦那さんの物語はフレドが頭の中に書きつづった真実の物語のように、わたしの頭の中に綴られている。それはわたしの死後に絶対なる存在に読んでもらおうと思う。(神とは言いたくない)

明日は26年目の結婚記念日。明日こそはゲクト小説の更新をしよう。あ、まだ新作は出来上がってません。ガクトさん、気長に待ってて下さい。(笑)

やめた

2015年09月10日 08:15

だいぶなんかかんか書いたんだけど、やっぱり削除した。書くのやーめた。

死ぬまでに行きたい場所

2015年08月28日 10:54

たくさんありすぎるんだけど、ひとつだけしか選べないとしたら、やっぱ浄土ヶ浜かなあ。
ほんとは行ったことない場所がいいんだろうけど、たぶん、行ったことない場所は生きていたとしても死ぬまでに行くことはないだろうから、そうなると行った場所のほうが「死ぬまでに行きたい場所」になるんだろうと思う。もっとも、永遠に生きれるとなったら、行きたくても行けなかった場所すべて行くんだけどねえ。

2015年08月12日 15:18

二ヶ月前に話した人が死んだ。
そう思うと、やはり自分が先に死にたいと思う。
わたしは究極な自己中心的な人間だ。
きっと自分以外は本当の意味では愛せていない。

6月

2015年06月04日 08:39

昔からなんでか6月って悪いことが起きる確率が高かったんだけど、去年は黄砂のせいですごいえらい思いをしたしなあ。今年もしょっぱなからあんまよくないことあって、まあ、どっちかっていうと息子の症状なんで、わたしには直接ってわけじゃないんだけど、それでもそのせいでいろいろ考えなくてもいいようなことまで考えちゃうわけで、精神的にアレです。それに、6月はまだ始まったばかり。これからもっとやなことがあるかもしれないと思うと、はやく7月になってくれないかなーって心待ちにしてしまいますです。

本日機嫌悪いとです

2015年04月11日 11:26

なんかさー昔から言われてることだけどさー玉姫様(注:生理のこと)の話をブログやらついったーやらなんやらで書くとなんじゃーかんじゃー言うヤツらがいるみたいだけどーそりゃ玉姫様ご来訪中にブログ書かなきゃいいんだろーけどさーそーゆーときこそバババーってなんかかんか書きたくなる場合もあったりしてさーいいじゃん書いてもーもっと不快なこと書いてるヤツもいるんだしーたかだか玉姫様の話ごときで不快になるだのなんだのってちゃんちゃらおかしくいヘソでちゃーわかすぞこらってなもんでーへっそんなことくらいで不快になるなんざーそいつの人生どんだけ狭いんだよって感じぃ?


そーです、ノイズちん、絶賛玉姫様ご来訪中なんすよ、だからこんなもん書いてるんす。


ノイズちん、51歳、今年の7月で52歳になるとですよ、それでもまだ玉姫様ご来訪されるですよ、ヘンですかね。うちの母親なんて60過ぎてもご来訪されてたみたいだし、遺伝かもしれないなー。でも、ご来訪中はほんとーに玉姫様がご乱心でー大変なんすよねーおなごの方々はおわかりになると思いますけどー。そんなわけで、ちょっと頭にきてたんで書いてみますた、玉姫様ご来訪話題にケチつけるヤツらは馬にケられて宇宙の果てまで飛んでけーってなもんで。www

病気してみて

2015年02月27日 19:37

「してみて」シリーズ第二弾…というのは冗談で。(笑)

いやはや、25、26日と二日間、腸感冒で七転八倒の苦しみを味わいました。でもまあ、ほとんど痛みのなくなった今日となっては、まだ軽い腸感冒だったんだろうなと思います。上から下からだと思うんですけど、わたしの場合は上からはなかったですからねえ。でもでも、あの腹痛は二度と経験したくない痛みでしたわ。一度、慢性、急性膵炎を経験したことがあるんですけど、あの痛みに匹敵するほどの痛みでしたもん。膵炎のあの痛みに似てました、腸感冒の痛み。内臓をわしづかみにされる痛み。ほんとその形容がぴったしな痛みです。あれはできれば二度と経験したくない…と20年近く前に思ったものでしたけど、それ以降も似たような痛みは何度も経験して、一昨日昨日とまたしても経験してしまった。なんかもう、痛みを感じてる時は、もう人間やめてしまいたいと思ったものでした。それくらいあの痛みって危ないですよ。

でもまあ、今はもう、喉元過ぎれば何とやらで、痛みも感じなくなってやっぱり生きていたいと思ってんですから、ほんとちっせえ人間ですわ、わたしってば。(笑)

さて、でも今回のことで本当に肝に銘じて思ったことは、腸感冒になってしまったきっかけは、やはり自身の不摂生にあったと認めざるを得なくて、それはもうここしばらくの執筆欲にも起因するものだと思ってます。調子に乗り過ぎました。書けるーーーーとなってしまって、調子づいて書いて書きまくってたせいです。ほんと反省。というかね、やっぱりわたしは猪突猛進で、小説に限らず、何かに夢中になるとすべてを投げ打ってしまうタイプなんですよね。ほどを知らないというかなんというか。だから、やっぱり小説でも成功しないことはないかもしれないとは思うんです。それだけを考えてやっていけば。ただ、そのためには人間をやめないといけない。今回のように病気になってしまう危険性も絶対ある。そう思うと、わたしはのめりこんじゃダメなんだなあと。ほどほどでやっていかないと、わたしはそのうち命なくすんだなあと思い知りました。

ただ、ここしばらく、本当に歩いてても仕事してても小説のネタのことばかり考えてて、それはそれでとても幸せでした。こんなふうに小説のことを考えることができて、それを早く書きたいと思えて、そして、書ける状況になったらすぐ書き出せて。本当に幸せでした。で、仕事しててもすぐに書きたくなって、ちょっと困ってしまったものでした。これが家にいたらすぐに書けたのにって。だから、仕事しながら何かを書くことはわたしにとって難しいなあと。でも、わたしはプロの作家じゃないんだから、仕事はキチンとして、書ける時に書く、それが趣味として書くということなんだと思わないとダメなんだって。わたしは自分がプロじゃないんだということを肝に銘じて、この二日間、家族に迷惑かけてしまったことを忘れないようにして、自分の体調管理に気をつけなくてはならないなあと、本当にそう思いました。何が一番大切なのか、何が一番大事なことなのかをちゃんと考えなくちゃダメなんだ。

楽しく小説書くためにも。楽しく生きていくためにも。

更新してみて

2015年02月14日 17:24

本日はバレンタインデー。今年もイベントがあったとしても何もサイト更新しないんだろうなあと思っていた年明け。友人が二次創作ではあったけれど小説を更新するというので読ませてもらっていたのですが、久々にはまった。最近では活字であるところの小説というものが読めなくなっていて、正直言うと栗本さんの最後の執筆となった伊集院さんの小説が途中まで読んで、どうしても読み進められないくらいに活字がダメになっていたんですよね。それは実は自分の書いた小説でさえも読み返す気になれなかった。理由はひとつだけではないんだけど、そのひとつがとにかく時間が足りないということ。同居生活が始まって2年が過ぎましたが(あと、息子との同居も1年が過ぎようとしています)、やはり以前のようには自分だけの時間というのがなかなか取れなくなってきているんですよ。そりゃまったくないというわけじゃなく、わたしなんかまだ多少取ろうと思えば時間は取れるんですけど、優先順位がどうしてもできてしまい、小説を読むというのは時間がかかり過ぎるんで、他のことやってたら小説なんて読めません。でも、物語を読みたい気持ちはどうしてもあるんで、わずかな時間で読めるマンガ、それも125ページが基本のハーレクインのマンガしか、今のわたしには楽しむための読書ができないんですよね。

ところが、今回、友人が書いた小説で、とにかくムラムラと書きたいという気持ちがでてきて、それで本日のバレンタイン企画であるところの小説を書きあげました。あ、その前に先月の1月23日のサイト15周年でも小説書いて更新したなあ。で、その勢いで今回の小説書いたんだった。ファンタジーの連載小説のことはちょっと置いといて、二つの小説で言えば、どちらも12年から15年も連載し続けた看板小説だったのですけど、二つとも今回で完結しました。ほんと感無量です。もっとも、どっちも一話完結だったんで、どこで終わってもよかったんですが、それでもラストのプロットが存在してる限りは、やっぱり最終回は書きたいなあと思ってたので。だから、連載のファンタジーが完結したら、もっともっと感慨深く感無量となるんでしょうねえ。ええ、今書いてる作品で完結させますから。だから、もうすぐで「ひとつの時代が終わった」と思うことでしょうね。もう若くはないので、いつまで小説が書けるかわかりません。最低でもあと10年は書き続けたいなあと思うんですが、10年なんてあっという間に過ぎちゃいますよね、この15年もあっという間でしたから。そう思うと、確かにわたしにはもう時間がないのよ、書かなきゃ、書け、書くんだ、わたしー、ですよ。(笑)

さて、バレンタイン企画の小説を更新したばかりなんですけど、もうすでに次のホワイトデー企画の小説も書き出してます。書くとなったら早いですよねーわたしってば。ホワイトデーで書く小説は以前書いた小説の続編なんですけど、書いた日時を記してなかったのでいつ書いたものかよくわかりません。ただ、時系列で更新してるはずなので、前後の更新を見る限りでは恐らく2002年内のはず。だから、かなり前に書いたものでした。で、わたしは自サイトで公開している小説の一部をFC2小説でも登録して公開しているのですが、その小説も今から4年前に登録公開してました。他にもいくつか登録して公開してますが、その小説だけコメントがふたつもついたんですよね。もっとも、とても短いショート作品であること、小説といえるのかどうかわからない、いわゆるケータイ小説っぽい感じの超読みやすいものであること、あと、タイトルに「Sex」というダイレクトな文字があること、それらのおかげで登録しているほかの作品とは違ってダントツでアクセス数が多かったというのもあります。で、そのお二方は「続きを読みたい」というコメントでした。書くつもりなんかなかったんですけど、そのコメントをもらった当時に、ひとつプロットができて、書こうかなと思ったのですけど、その後、すぐに書ける精神状態じゃなくなってしまって、それで投げてしまってたわけです。だから、今回、書けることは望外の喜びです。ただなあ、当時コメントくださった方がまだ待っててくれてるかどうか、まあ、無理でしょうね、もう4年も経ってるんですから。見放されてるでしょう。それでもまあ、せっかくのプロットですから、ちゃんと文字にしてあげたいと思ってます。てか、わたし自身が読みたいから。(笑)

それにしても、今回その小説を読み返してみて、確かにこれって読みやすいよなあって思いました。なんつーか、毎年投稿してたところの選者の人なら絶対選んでくれないような、小説とはいえない、つまりマンガみたいな内容。まあね、描写なんてないセリフの羅列みたいなものだもの。わたしも、これは小説とは言えないよなあという思いは持ってます。けど、思うに、文学的な小説、つまり直木賞とか芥川賞とかに選ばれるような小説も素晴らしいとは思うんですけど、わたしにとって小説って、ただ楽しむためだけのものであり、またこれを読みたい、そのために頑張って生きていこうと思えるものが小説なんだと思ってて、そう思える小説はお偉い方々が認める小説とはちょっと違うなあって。というか、実はそういったものを求める人たちのほうが多いとわたしは思ってたりします。文学的なものより、気楽にマンガ感覚で読める小説を求める人のほうが圧倒的に多いって。それだからこそ、わたしの書く小説の中でも一番ちゃちゃちゃっとマンガ感覚で書いた「Sexしよっ♪」が多くの人に読まれ、そしてコメントまでもらったのはそういうことじゃないかなあって。だとすれば、多くの人に読んでもらいたい、コメントももらいたいと思うなら、ああいった感じの小説を書けばいいんだろうなあ。あと、FC2では18禁の小説も登録して公開してますが、そっちは全年齢指定よりやっぱりアクセス数は多いです。もっとも、今はアクセス数を稼ぐことは考えてなくて、書けるもの、書きたいものを書いていくだけだよなあと思ってます。それを楽しみにしてくれる人がいたら、それはそれで嬉しい。そんなとこかな。

うー

2014年10月11日 17:04

またしても休みが終わっちゃうー。

今日は昼からブログ書く時間が取れると思ってたんだけど、息子がリビングで録画してたものを見ながらパソコンするっつーんで、わたしはブログを時間かけて書くってことができなくなった。で、今の時間に至る。もうすぐ夕飯の支度しなくちゃだから、やっぱりじっくり書くっつーことができなくなった。

例のハーレクインで語るっていうの、まあ、厳密にいうとハーレクインというか、最近読んだハーレクインのコミックスの内容と中貫えりさんが以前描いた「魔界紳士録」の文庫サイズのコミックスに収録されてた「或る別れ」と「魔界紳士録」本編内でのとあるエピソードなどを絡めて、男と女の愛の形について書いてみたいと思ったんだよね。それと、ガクトさん表紙の雑誌に書かれていた言葉っていうのが、それらの内容に関係しているかといえば厳密に言うとちょっと違うんだけど、ただ、ハーレクインといえば、絶対ラストはハッピーエンドでしょ、んで、ガクトさんが言ってたのはハッピーエンドよりそうじゃないエンドのほうが人の心に残りやすいというその言葉だったこともあって、いやいやいや、それはそうかもしれないけれど、少なくとも昔はどうあれ、今のわたしは絶対ハッピーエンドのハーレクインに救われてのめりこんでいるわけで、わたしの心には悲話よりもそうじゃない話も心に残っているよ、と言いたかったわけで。それに、たとえ絶対ハッピーエンドというハーレクインではあるけれど、実はそこに至るまでがけっこう壮絶な運命を抱えてるキャラたちで、悲話よりも相当ハードな物語ではあるんだよねー。これでもかっていうほどキャラたちは痛めつけられてるわけだもん。けれど、ラストはそれに見合うだけの急展開な幸せラスト。ご都合主義だと言われても、現実的じゃないと言われても、つらい思いをした人が報われるっていうのは人々の願いでもあるもんねー。現実はそうじゃないから、せめて物語の中だけでも幸せでありたいと、そりゃ、物語ってそういうもんでしょ、ってなもんで。それがハーレクインの骨頂かなあ。なんてね。

とと…話はちょっとズレてきたけれど、「魔界紳士録」に絡めて話したかったハーレクインの話はリサ・クレイパス原作、岸田黎子描く「あなたを夢みて」なんだけど。詳しい内容は書かないけれど、その両方で共通しているエピソードというのが、愛する女がいるのに様々な理由で愛する女に手が出せないために、愛する女に似た別の女を抱いてしまうという男について語りたいなあと。わたしの書いてきた小説でもそういうエピソードは書いたものだけど、現実にわたしはそういうことは許せない人間であり、そういうことをする男が理解できない、というか、理解はできるけど、理解したくない、認めたくないというのが本音。自分の男がそれやったら絶対許さない。つまり、うちの旦那さんが浮気したら離婚だよなあ、と。まあ、浮気とはちょっと違う話だとは思うんだけどね、「魔界紳士録」のテルちゃんと「あなたを夢みて」のデレクの場合は。テルちゃん、デレクのその心理を自分なりに語り倒したいとは思うんだけど、いかんせん、もう時間切れ。ここまで書くので精一杯。続きはまた今度、いつ書けるかわかんないけど、いつか書ければいいなあ。彼らの愛の形について。

まあ、そのふたつの物語がきっかけで、彼らと似たようなキャラである自分の持ちキャラ、マリーの続きの話を書きたいよなあとなったわけだけど。やっぱ時間がほしいよ。書きたいけど、なかなか時間が取れないよおう。(;_;)



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